サミール
そろそろ模様替え、もしくは移転を・・・
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やっと引越し、完了
時折訪ねて下さった皆様、ありがとうございます。
今度はあちらの方でお会いしましょう!
(関係者の方はご存知かと・・・)

こちらは終了!

久々の母校へ
全くの私的な日記です。


所用で、昔住んでいた足立区・千住を訪れた帰り道。
「そういや、学校にはご無沙汰していたな」
車を草加方面へと向けました

伝
相変わらず汚い、伝右川。
在籍中の学園祭では、よくここでボートを漕げたものです。
いまなら出来ん。


正門
毎朝通った、この眺めは一緒。


理念
「建学の精神」も、当時と一緒。
けど、周囲を見渡すと・・・


建設現場
休講や教室変更を確認していた掲示板も、今や見る影なし。
インターネットや携帯電話の夜明け前、ここが貴重な情報源でした。


旧・図書館前
旧・図書館前から5号棟と4号棟を臨む。
夏休みという事もあり人影も殆どありませんが、私が一番好きだった「土曜日のキャンパス」が甦ります。

Duo跡
構内文具「Duo」は研究所に変わったみたいで、もはや当時の面影無し。


文化部棟
文化棟。ここだけは殆ど変わりません。
もっとも、私の場合は仕事の関係(学費も生活費も自分持ちだった)もあり、また所属できても短期もしくは幽霊だったので、思いは複雑。建屋に入るのは躊躇してしまいます。


体育棟
仕事時間の制約もあり、所属など夢想だに出来なかった体育会。
その反動もあってか、現在は時々市民マラソンに参加したり、合気道を習い始めたりしています。


記念館
卒業以来の一番大きな変化は、旧学食の跡地に図書館が建ち、西側のグラウンド側に学食や生協を兼ねた「35周年記念館(だったかな?)」が建てられていた事。
現役学生の皆さんには何の変哲もないかも知れませんが、暫くご無沙汰している人は度肝を抜かれるでしょう。私もその一人でした。


夏期休暇中も体育会の幾つかは練習があったみたいで、学生達のために学食が縮小運営されていました。
思わず懐かしくなり、定番の「ランチ」を注文。

獨ラン
旧学食の頃とは味や姿は変われども、相変わらずの「貧乏学生の味方」。
このメニューだけは、大学が存続する限り無くさないで欲しいものです。


キャンパスを歩くと、淡い思いと共に色々な顔が思い浮かびます。
「そういや、あの子は今どうしてるんだろう?」
「名前を探したら、ネットで見つかるだろうか?」

私の世代は、不思議と誰もヒットしません。
皆ネットとは無縁の世界で日々を営んでいるのだろうか、そんな事を考えます。

一方、自分はどうだ?
誰も探しはしないのかも知れませんが、
「俺はここにいる。何とか元気でやってるよ」
言えるようになりたいです。


慶應の三田キャンパスにはここ2、3年の間、毎月通っています。
去年は門外漢の私でも三田で講演させて貰いました、今年も年末のトリを務めさせて頂ける事になりましたが、いつかはここでも凱旋の形で戻って来たいな。

そんな目標が芽生えた、初秋の土曜の午後でした。

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会のホームページが出来ました
私も運営に参加している「日本論語研究会」のホームページができました。

日本論語研究会


製作に当たっては、代表幹事の師匠と一ヶ月ほど、メールや電話で「あでもない、こうでもない」とやり取りしながら二人三脚でようやくオープンに漕ぎ着けました。
なんとか9月にはオープンしたかったのでまだまだ荒削りですが、初めてのホームページ製作と云うことで御容赦ください。
今後、もっと腕を上げて運営して行きたいと思います。


「日本論語研究会―論語に学ぶ、人の道―。」

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靖国へ
訪れた事は何度かあるものの、この日に参拝へ訪れたのは振り返ると初めての事でした。
盆に帰省出来ないお詫びにと、両親や親族を代表して参拝へ。
ついでに、麻生さんの分も兼ねて。

論語の東耕先輩とも参道で偶然お会いしました。恐らくお出でとは思いつつも、まさかお目にかかれるとは。妙縁を感じます。
聞けば本殿参拝の帰りとの事、賜杯のお裾分け感謝です。


靖国1
靖国2
靖国3
靖国4
靖国5
地に突き刺さらんとする陽射しが肌に痛いです。
それでも、64年前の陽射しは今日の比では無かった事でしょう、
参拝の順番待ちにそんな思いが交錯します。



靖国6

英霊への感謝と日本の安寧を念じつつ、2礼2拍手、そして1礼。
この日に掲げられていたのは、明治天皇の御製でした。

「ことのはの 上にぞのこる うつせみの
 世になくなりし 人のまことの(明治45年、をりにふれて)」



靖国7

老若男女を問わず多くの方が訪れてましたが、心なしか若い世代(ざっくり人生80年として、真ん中の40歳未満)が多かった気がします。参拝に訪れるか否かで愛国心を問うのではなく、来れる人がこれない人の分まで祈る事が出来ればそれでよし。



帰り道は、無性に半藤一利作品へ触れたくなりました。
時間をみて、読破&鑑賞したいと思います。

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龍源寺前住職・松原泰道師の
芸能騒動の陰で、こんな大事な事は広く報じられない今の日本。
私も失念してました

「般若心経入門」松原泰道さん死去(asahi.comより転載)
―― わかりやすい仏教の本や講演で人気だった臨済宗龍源寺前住職の禅僧、松原泰道(まつばら・たいどう)さんが29日午前11時28分、肺炎のため東京都内の病院で死去した。101歳だった。通夜は8月2日午後6時、葬儀は8月3日午後1時から東京都港区三田5の9の23の同寺で。喪主は同寺住職の長男哲明(てつみょう)さん。

 東京都生まれ。早稲田大卒業後、臨済宗妙心寺派教学部長や仏教伝道協会理事などを歴任。65歳の時に書いた「般若心経入門」がベストセラーに。著書は130冊以上あり、100歳を過ぎてからも執筆や講演をこなしていた。76年には、多くの人に仏教に親しんでもらうため、都内の喫茶店などで辻説法や講演をする「南無の会」を宗派を超えて結成し、会長を務めていた。 ――
松原泰道師

朝日の編集方針は信条的に相容れない部分も有って購読していませんが、ちゃんとこうした訃報を扱うあたり、まだ良心を感じます。


それにしても松原師、お目にかかったのは今年の1月が最初で最後でしたが、「南無地獄大菩薩」など貴重な至言を頂戴しました。
興味のある方は「致知」2009年4月号をお求め下さい、師の最後の講演録が収められています。


改めて合掌、そして感謝。

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